2016年5月19日木曜日

暴力団組員であることを隠して金融機関で口座を開設した疑いで指定暴力団・神戸山口組直系「西脇組」幹部(47)を逮捕

「組員が口座を作れないとの説明ない」身分隠して口座を開設した男を詐欺で逮捕 兵庫県警

2016年5月17日(火)8時33分配信



暴力団組員であることを隠して金融機関で口座を開設したとして、兵庫県警明石署は16日、詐欺容疑で、同県明石市硯町、指定暴力団神戸山口組直系「西脇組」幹部、家根谷昌登容疑者(47)を逮捕した。「組員が口座を作れないという説明は受けていない」と容疑を否認しているという。

逮捕容疑は平成23年4月26日、同市内の金融機関が組員との取引を拒否しているのに、組員であることを隠して口座開設を申し込み、通帳1通とキャッシュカード1枚をだまし取ったとしている。

参照元 : 産経新聞

西脇組

西脇組(にしわきぐみ)は、神戸に本部を置く暴力団。初代組長が山口組の最高幹部役職の一にあたる「顧問」を務めるなどした有力組織で、人員総数はおよそ220(2010年)。指定暴力団山口組の二次団体であったが、2015年における山口組の分裂以後は神戸山口組の二次団体となっている。

来歴
1973年に田岡一雄率いる三代目山口組の直系組織(二次団体)となった。

歴代



初代:西脇和美
1935年3月17日生。三代目山口組の重鎮と言われた北山悟率いる北山組で舎弟頭として組織の中枢を担ったのち、1973年12月に田岡組長から親子盃を受け38歳の若さで直参に昇格。1979年に宅見組組長宅見勝とともに「本部長補佐」の役に抜擢され、さらに1982年には山口組本部の“金庫番”とも言われる会計係に任ぜられ、最高幹部の有力候補と目されるに至る。五代目体制が発足すると舎弟頭補佐として執行部入り。山口組神戸ブロックの長を務めたほか、兵庫県下の暴力団組織の親睦団体「阪神懇親会」に長年にわたり山口組の代表として出席。六代目体制下では顧問の役にあったものの、病気療養を理由に2008年をもって引退した。

二代目:宮下和美
1947年10月15日生。地元明石郡玉津町の学校を卒業後、親族の経営する塗装会社に勤める傍ら、中村憲逸率いる山口組系中村組の構成員との交流を深め、やがて西脇組の幹部と縁を持ったことから1971年頃に西脇組へ加入。1977年に若頭補佐の役に就任し、1993年には自身の率いる「宮下組」を傘下に結成。2006年からは若頭に就任していたものの、2008年における西脇初代の引退に伴い組織を継承した[6]。2012年には、大阪・秋良連合会の会長、神戸・岸本組の組長、大阪・松山組の組長、ならびに静岡・藤友会の会長とともに、暴力団組員たることを隠してゴルフ場を利用したとする詐欺容疑から大阪府警に逮捕されている。

二代目組織
組長 – 宮下和美(六代目山口組若中・組織委員)

執行部
舎弟頭兼若頭 – 岡田豊(西虎会会長)
本部長 – 松山武
舎弟 – 田中健一(和健会会長)
舎弟 – 竹内研二
幹部
本部長補佐 – 家根谷正人
若頭補佐細田敏和(細田組組長)

情勢
本部の所在地は神戸市西区の玉津町上池。構成員の総数は、2002年の時点でおよそ300(兵庫県警)、2010年の時点でおよそ220と報告されている。かつて本拠地の神戸市西区内にて、傘下組織の組長らが神戸商船大学大学院の学生を拉致したうえで殺害するという事件(→神戸大学院生リンチ殺人事件,2002年)を起こしたことから、警察当局の集中的な取り締まり対象とされた時期があった。

参照元 : wiki/西脇組

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