2017年10月20日金曜日

【佐倉市暴行事件】右翼団体「潔心塾」構成員ら3人の裁判員裁判初公判「中心となって暴行した」

「中心となって暴行した」 初公判で主犯格の男 佐倉・傷害致死

2017/10/19(木) 10:12配信

千葉県佐倉市内で昨年7月、四街道市大日の無職、栗田容さん=当時(53)=が複数人から暴行を受け死亡した事件で、傷害致死の罪に問われた右翼団体「潔心塾」構成員で運転手、大月裕如被告(47)ら3人の裁判員裁判初公判が18日、千葉地裁(松本圭史裁判長)で開かれ、大月被告は「私が中心になり、暴行を加えて死亡させた事実に間違いありません」と、起訴内容を認めた。

大月被告の後輩で解体工、岩村俊被告(33)は「暴行は認めるが共謀は認めない」と、共同正犯は成立せず傷害罪にとどまると主張。同団体創設者で顧問の建材業、帯金勝彦被告(54)=同罪で起訴=の下で運転手をしていた森谷誠被告(39)は「共謀というものが分からないので否定も肯定もできない」と述べたが、松本裁判長から説明を受けた上で現場での共謀を認めた。

検察側の冒頭陳述によると、暴力団組員だった栗田さんは居酒屋で仲間3人と酒を飲んでいるうちに、大月被告が「他人に迷惑を掛けている」との話になり、大月被告に電話をかけてやめるよう話したがまとまらなかった。栗田さんら4人は大月被告の自宅に向かい、大月被告は友人・知人に次々と電話をかけて自宅に呼び寄せており、つかみ合いになり話はまとまらず、大月被告は仲間に頼み帯金被告を呼んだ。検察側は「3人は暗黙のうちに互いに意思を通じ暴力を振るった」と述べた。

大月被告の弁護側は「栗田さんの行為がなければ事件は起きなかった。栗田さん側に落ち度があった」。岩村被告の弁護側は「頭や顔に暴行を加えたが腹部には加えていない」として、他の共犯者との共謀を否定した上で傷害罪にとどまると主張。森谷被告の弁護側は「顔を数回殴ったにすぎず、致命傷となる暴行は加えていない」などと述べた。

起訴状などによると、3人は帯金被告らと共謀し7月24日午前0時ごろから同30分ごろまでの間、佐倉市上志津の駐車場などで、栗田さんの顔や胸、腹などを多数回にわたり殴る蹴るなどの暴行を加え、同2時ごろ、同市内の病院で栗田さんを多発外傷による出血性ショックで死亡させたなどとしている。

同事件で地裁は先月11日、トラック運転手の男(48)に懲役4年の実刑判決を言い渡している。

参照元 : 千葉日報


複数人に殴られ? 四街道の男性死亡 佐倉署、傷害致死で捜査

2016年7月25日 10:34

24日午前1時25分ごろ、佐倉市内の病院から「男性が心肺停止の状態で搬送されてきた。知人によると、誰かとけんかしたようだ」と佐倉署に通報があった。男性は顔を含む上半身に数カ所殴られた痕があり、死亡が確認された。同署は傷害致死事件として調べている。

同署によると、死亡したのは四街道市大日、職業調査中、栗田容さん(53)。同日午前1時ごろ、知人の40代男性が車で病院に搬送した。関係者の話から、佐倉市内で複数人に殴られたという。

参照元 : 千葉日報

【大阪ミナミ金塊襲撃事件】岐阜市にある指定暴力団山口組弘道会系の事務所を家宅捜索

大阪・ミナミの「金塊」襲撃、岐阜の山口組弘道会系事務所捜索

2017/10/19(木) 10:12配信

大阪・ミナミの貴金属買い取り店近くで今年4月、金塊を換金した直後に現金7千万円が奪われそうになった事件で、大阪府警捜査1課などは18日、関係先として岐阜市にある指定暴力団山口組弘道会系の暴力団事務所を強盗致傷容疑で家宅捜索した。

捜索は約40人態勢で実施した。岐阜市内中心部にある事務所にはこの日午前11時ごろ、段ボールなどを手にした捜査員が入った。

大阪府警はこれまでに、事件の指示役とみられる弘道会系組員の佐々木康洋容疑者(43)ら襲撃側の7人を逮捕しており、暴力団の組織的関与について捜査を進めている。

参照元 : 産経新聞

男性を脅して小指を自ら切断させた疑い「これまでの失態に対してけじめをつけろ」指定暴力団神戸山口組系組幹部ら2人逮捕

「けじめつけろ」小指を切断させた疑いで神戸山口組系の2人を逮捕 神奈川県警

2017/10/19(木) 11:15配信

男性を脅して小指を自ら切断させたとして、神奈川県警高津署は強要と傷害の疑いで、いずれも指定暴力団神戸山口組系組幹部で、大阪市生野区生野東の職業不詳、金敏昭容疑者(63)=韓国籍=と神戸市中央区琴ノ緒町の同不詳、高橋正弥容疑者(53)を逮捕した。ともに容疑を否認している。

逮捕容疑は、8月9日午後6時45分ごろ、川崎市宮前区野川の駐車場で、共謀して「これまでの失態に対してけじめをつけろ」などと無職の男性(57)=同市高津区=を脅し、左手の小指を包丁で切断させたとしている。

同署によると、事件の翌日、男性が同署に被害届を提出したことから犯行が発覚。金容疑者らと男性は車の購入などをめぐってトラブルになっていたといい、同署が事件の詳しい経緯を調べている。

神戸山口組は平成27年8月、指定暴力団六代目山口組から離脱。昨年4月に暴力団対策法に基づく指定暴力団に指定された。今年4月には神戸山口組から離脱した一部の傘下団体が、任侠(にんきょう)団体山口組を名乗って対立。8月には任侠(にんきょう)山口組に呼称を変更し、緊張関係が続いている。

参照元 : 産経新聞


16歳の少年を無理やり住み込みで働かせていた暴力団幹部(43)と妻ら3人逮捕

少年を住み込みで働かせる 夫婦逮捕

2017/10/19(木) 13:35配信



16歳の少年を無理やり住み込みで働かせていた夫婦が、警視庁に逮捕された。 暴力団幹部の栗原義知容疑者(43)と妻の由美容疑者(40)ら3人は、2016年6月から11月ごろまで、16歳の少年を自宅に住み込ませ、露店で無理やり働かせるなどした疑いが持たれている。

栗原容疑者は、少年が逃げ出さないように、通帳などを取り上げていたほか、妻に「チャカ(拳銃)を持ってこい」などと言って脅していたということで、少年は毎日2時間ほどしか寝る時間がなかったという。

参照元 : FNNニュース







元関東連合幹部、柴田大輔氏に「半グレ」とはいったい何者なのかインタビュー

「半グレ」と呼ばれる新たな暴力集団

2017/10/19(木) 11:35配信



取り締まり強化や法整備によって暴力団の組織力が低下するなか、街のアウトローの世界で新たな勢力として台頭したのが「半グレ」と呼ばれる集団だ。2000年前後のITバブルの波に乗って資金力を得た彼らは、既存の暴力団組織のルールにとらわれず、新たな暴力装置として街に進出していった。ヤクザの隙間を埋めるようにして力をつけていった彼らは、いったい何者なのか。

暴力団でも暴走族でもない存在、それが「半グレ」と呼ばれる集団だ。暴走族OBなどで構成される愚連隊(街の不良集団)の通称で、その代表格とされるのが、東京の六本木や西麻布などの繁華街をテリトリーとする「関東連合」である。

もともと世田谷区や杉並区などを拠点とする複数の暴走族の集合体で、暴走族としては2003年に警視庁に解散届を出したが、その後も元メンバーたちが振り込め詐欺や、暴力団まがいの行為を繰り返し、様々な事件に関与してきた。

時に暴力団と対立し、時に暴力団の力をうまく使いながら、「暴力装置の顔」と「カタギの顔」を使い分けて一般社会に紛れ込む彼らの生態は、いったいどういうものなのか。「元関東連合幹部・工藤明男」のペンネームで書いた『いびつな絆 関東連合の真実』(宝島社)など、関東連合に関するノンフィクション3部作の著者で元リーダーの1人、柴田大輔氏に聞いた。

--改めて「半グレ」とはいったい何者なのですか?

これまで、成人の不良は暴力団に所属する、という流れが当たり前でした。その流れに反して、暴力団に属さずに不良を続けている集団、海外で言えば、「ギャング化」した不良グループです。言葉としては、ジャーナリストの溝口敦さんの造語で、暴力団にも属さないが正業もしない、暴力や違法なシノギ(収入を得る手段)を生業にする、もしくは正業と兼ねてする者たちを、「グレーゾーン」や「半分グレている」という言葉にかけて表現したものだと思います。ただ、半グレという言葉自体が示す範囲は曖昧で、実態はグループによって地域差もあれば、程度の差もあります。

--なぜ、これまでのように暴力団に入らなくなったのですか。

暴力団対策法の強化などでヤクザの勢力が衰退していく中で、世代的な価値観も変わりました。都会に生まれ育ち、当たり前のように渋谷や六本木に進出していった僕らにとって、ヤクザ的な生き方がカッコよく見えなかったのです。つまり、不良の象徴である暴力団に入ることに魅力が感じられなくなった、カッコよく思えなくなった、そんな組織に所属して理不尽に縛られるよりも、もっと利口に単純な暴力だけでやっていけると考える世代になったのだと思います。実際に、街では暴力団相手でもケンカに勝てばやっていけましたから。

エスタブリッシュメントとのつながり
関東連合がこれまでの不良グループと決定的に違ったのは、その資金力とネットワークである。1990年代後半のITバブル前夜の時代に六本木や西麻布に進出した関東連合は、芸能界やITベンチャーの経営者、さらには大企業の経営者や資産家たち――つまり、この国のエスタブリッシュメントたちとのつながりを持った。一昔前の暴力団の大親分ならいざ知らず、街の不良グループの延長である彼らがそこまで力を持つことは、これまでだったら考えられないことだった。

--大物たちとのつながりは、どうやってできたのですか。

本来、交わるはずのなかったエスタブリッシュメントと街の半グレを邂逅させた最大の理由は、実はITでした。2000年前後のITバブルで多くのIT起業家が生まれ、夜の街に繰り出してきたのです。

関東連合のメンバーたちも、当初は大手芸能プロダクション社長の運転手やボディーガードなどをしていましたが、そのころには自分たちでビジネスを始めるようになっていました。ヤミ金融、AVプロダクション、そしてIT事業です。メンバーはそれぞれ独自に事業を展開し、発展させていった。僕自身も当時、急成長していたウェブ広告事業を正業として起業し、大きな利益を生みました。

潤沢な資金を得るようになった僕らは、当時、やはり莫大な資金力で六本木や西麻布の街を闊歩(かっぽ)していたITベンチャーの経営者たちと知り合うことになります。当時、イケイケで怖いもの知らずの彼らは、僕らと重なる部分も多かった。そして、こうした関係性のなかで、いわゆるエスタブリッシュメントな企業の経営者や資産家たちとのつながりを持つようになっていったのです。

夜の街で遊ぶ企業経営者や芸能人にとって、本職のヤクザではなく“武闘派”として街で有名な不良を連れて歩くことは一つのステータスで、そこで関東連合は重宝されたのです。

エスカレートする暴力
しかし、暴力はエスカレートしていく。関東連合の名は、10年1月の元横綱・朝青龍による暴行事件や、同年11月に起きた歌舞伎俳優の市川海老蔵が重傷を負った事件の当事者として全国的に知られるようになった。

そして、彼らの無軌道で無差別な凶暴さの極みとなったのが、12年9月に起きた六本木のクラブ「フラワー」で起きた襲撃事件だった。飲食店経営の男性が、目出し帽をかぶり金属バットなどで武装した関東連合から集団暴行を受けて殺害されたのだ。しかも、実は対立グループとの抗争に絡んだ「人違い」だった。この事件で18人が逮捕されたが、首謀者で関東連合元リーダーの見立真一容疑者は海外に逃亡し、現在も国際指名手配中だ。

--凶悪な事件を次々と起こしましたが、暴力団とは何が違うんですか。

関東連合は、もともと強固な組織体があるわけじゃなくて、暴走族OBの横並びの関係を見立(真一容疑者)くんという強烈なカリスマが独裁的に統治するという形でした。僕らの関係性は、ヤクザのような絶対的な疑似家族、すなわち「盃」による親子、兄弟関係が組織のベースとなっている暴力団とは異なり、仲間意識という同調意識がベースとなっています。

僕らにとってヤクザは、基本的に自分たちとは関係ない存在であり、関係があっても、あくまでも自分たちが利用するためのツールとして考えていました。ヤクザはヤクザで、暴対法や暴力団排除条例の整備によって自分たちの活動や交際が制限される中で、勢いのある若い半グレを一般社会へリーチする手段として重宝し、僕らもそれを逆手に取って彼らを利用しながら距離感を保っていました。

暴力団化するグループ
--しかし、関東連合は変質していきました。

関東連合が暴力団化していったのは、2008年に起きた事件がきっかけです。関東連合と親しかった人物が、新宿で敵対勢力にボコボコに殴られて殺されたのです。この事件の遺恨が、12年の六本木のフラワー事件につながっています。

この新宿の事件では、敵対勢力に暴力団関係者がいたことから、関東連合も暴力団のつながりを使うことになり、ヤクザに取り込まれていきました。それまで街で対等に渡り合ってきたヤクザと主従関係ができてしまったのです。

それでも、関東連合の絶対的なリーダーだった見立くんがいたときは、付き合う暴力団組織を分散させて、ある意味のバランスを取っていましたが、フラワー事件で見立くんが海外逃亡してからは集団の求心力が失われ、いまはほとんどのメンバーが住吉会系の暴力団に一本化された状態です。フロント企業のように上納金を払って組み込まれているメンバーもいれば、組員として組織に入ったメンバーもいます。その意味で、フラワー事件によって、関東連合がヤクザの世界に吸収されていく方向性が決定づけられたといえます。

崩れた「ブランド」
フラワー事件は、警視庁が13年に「準暴力団」の規定を新設するきっかけとなった。都内では関東連合のほか、中国残留孤児の2世、3世を中心として結成した暴走族「怒羅権」OBらからなる「チャイニーズドラゴン」、八王子地区の暴走族OBを中心とした「打越スペクターOBグループ」、大田区の暴走族OBを中心とした「大田連合OBグループ」などが認定されている。実際に摘発された事件だけでも、振り込め詐欺やアダルトサイトの架空請求から、みかじめ料(用心棒代)名目の恐喝事件、暴行の末の死体遺棄事件、さらには拳銃による殺人事件など、本職のヤクザも顔負けの凶悪犯罪が並ぶ。

--関東連合は現在、どのような状況なのでしょうか。

街のギャングスタ―として名をとどろかせた「関東連合」のブランドは、事実上、もう崩れたといっていいでしょう。

朝青龍事件や海老蔵事件が起きて、実態はヤクザと変わらないじゃないかと不信が広がり、社会のオモテ面の人たちは引いてしまった。そして、その後、フラワー事件で警察から「準暴力団」の認定がされ、もはやグレーな存在ではないことが確定されたのです。潤沢な資金と広い人脈によって、暴力団と対等に渡り合う形で、経済的にも社会的にも独立して存在していた関東連合は、フラワー事件によって自滅したといえます。

--それでも半グレは今後も街の暴力装置として存在し続けるのでしょうか。

いまも街で「関東連合」を名乗る不良はいますが、正式には属していなかった後輩たちだったり、ほとんど関係ない周辺者だったりします。ただ、チャイニーズドラゴンなどはまだ強固な勢力を保っていますし、関西でも複数のグループが力をつけています。

さらに、半グレという存在がクローズアップされ、知名度を得た結果、そこまで目立ったワルではなかった“中途半端な不良”が流行りのファッションで街に出て、サークルのノリで半グレ集団となっていく風潮ができています。自立する組織力も「看板」もない彼らは、規制強化によって地下に潜るマフィア化が進むヤクザに、いずれ取り込まれていくという構図になっていくのではないでしょうか。

取材・文:パワーニュース編集部

参照元 : nippon.com




2017年10月18日水曜日

建設現場の鉄板を盗んだとして、神戸山口組傘下組織幹部ら3人逮捕

神戸山口組系幹部ら、建設現場の鉄板窃盗容疑で逮捕

2017/10/17(火) 20:12配信



愛知県警は17日、建設現場の鉄板を盗んだとして、指定暴力団神戸山口組系の組幹部ら3人を窃盗容疑で逮捕し、発表した。東海地方では現場の鉄板が盗まれる被害が相次ぎ、昨年1月以降は3県で100件以上(2億円以上相当)発生している。県警が関連を調べる。

千種署によると、ともに神戸山口組傘下組織幹部の同県大治町の成田茂一容疑者(57)と三重県木曽岬町の内田諭容疑者(52)ら3人は共謀して2月26、27日、同県四日市市の建設現場から鉄板23枚(230万円相当)を盗んだ疑いがある。成田容疑者は黙秘し、ほかの2人は否認しているという。

成田容疑者は4月に岐阜県土岐市の建設現場から鉄板21枚を盗んだとして、窃盗罪などで起訴されている。

■シノギできず…鉄板が資金源に

暴力団幹部はなぜ、盗みの容疑で逮捕されたのか。名古屋市の繁華街は山口組弘道会の縄張り。対立する神戸山口組系にとって、「しのぎ」などの資金獲得は難しい。県警幹部は「暴力団にとって本来、窃盗で稼ぐのは恥ずかしいこと。台所の苦しい神戸系組織は、金のためなら『何でもあり』の状態になっている」と指摘する。

参照元 : 朝日新聞






2017年10月17日火曜日

神戸山口組の最高幹部である寺岡修若頭逮捕で、神戸山口組が神戸から追い出される?

最高幹部逮捕の神戸山口組 神戸から追い出される!?

2017.10.17 16:00



3つの山口組抗争が激化する中、六代目山口組から分裂した神戸山口組の最高幹部である寺岡修若頭が10月10日、兵庫県警に逮捕された。

「容疑は寺岡若頭の出身母体・侠友会が組事務所として使用していた神戸市内のビルにおいて、虚偽の登記を行なったことによるもの。同ビルは神戸山口組の執行部会が開かれるなど、淡路島にある本部事務所に次ぐ“第二本部”として使用されていた。寺岡若頭は20日間の勾留で出てくる予定です」(全国紙記者)

問題は、それを機にこの“第二本部”を手放さなければならない可能性が高まるということだ。

実は同じタイミングで、神戸山口組は警察だけでなく市民からも追い込まれていた。逮捕に先駆けた10月2日、公益財団法人「暴力団追放兵庫県民センター」が地域住民の代理訴訟として、淡路島にある神戸山口組本部事務所の使用禁止を求める仮処分訴訟を起こしていたのだ。山口組分裂抗争を取材するライターの鈴木智彦氏が分析する。

「9月に神戸山口組傘下の組員が神戸から再分裂した任侠山口組の織田絆誠代表を襲撃し、ボディーガードを射殺したことで、神戸山口組が報復にあう危険性が高まり、地域住民の不安が高まっている。代理訴訟の前例からして、和解へ持ちこめたとしても、事務所の撤去は避けられません。遅かれ早かれ神戸山口組は淡路島にある本部を手放さざるを得なくなる。さらに今回の逮捕でもう一つの施設まで使えなくなるとなれば、次の本部選びが難航することになります」

神戸山口組が、肝心の神戸から追い出されようとしているのだ。事務所がなくなれば暴力団にとっては死活問題のはず。ところが前出・鈴木氏によれば、「むしろ抗争を煽ることになるかもしれない」というのだ。

「事務所が使用禁止になることで、警察に組員の動きを掴まれることなく潜伏しやすくなる。神戸山口組としては、失敗した織田代表の襲撃をもう一度決行しようとするはず。本部を奪われたタイミングがきっかけとなる可能性は高い」

警察としては、締め上げたはずが、抗争のリスクを高めてしまうことに。深まる混乱のなか、各団体がかろうじて保ってきたバランスが崩れ、分裂抗争は新局面を迎えようとしている。

※週刊ポスト2017年10月28日号

参照元 : NEWSポストセブン


寺岡修(てらおか おさむ)、1949年03月22日生まれ。



三代目山口組二代目細田組若頭補佐、初代西脇組舎弟、侠友会会長、六代目山口組若頭補佐、六代目山口組中国・四国ブロック長、六代目山口組大阪北ブロック長、六代目山口組舎弟を歴任。

六代目山口組を絶縁され、現在は侠友会会長であり、上部団体の神戸山口組の若頭を務めている。

三代目山口組二代目細田組系の組員となり渡世開始。二代目細田組では若頭補佐まで登り詰めた。侠友会を結成し会長に就任する。

1982年10月、淡路島を舞台に三代目山口組と五代目大嶋組との間で『淡路島抗争』が勃発。寺岡は抗争に参戦し武闘派ぶりを見せ付けた。

1983年07月、二代目細田組組長・細田利明が引退し組を解散すると、三代目山口組の直参であった西脇組組長・西脇和美と舎弟盃を交わし西脇組に移籍した。

1992年02月、西脇組から内部昇格し五代目山口組の直参となった。五代目山口組体制では総本部当番長、組長秘書に登用された。

2005年08月、六代目山口組が発足すると若頭補佐に抜擢され執行部入り。中国・四国ブロック長を務めた後、2006年05月からは大阪北ブロック長を務めていた。

また、六代目山口組体制下で山口組の不動産管理会社『山輝』の代表取締役に就任。

2010年06月、兵庫県知事の許可を得ずに2008年07月~2010年04月の間、総本部(神戸市灘区)の土地の一部を新規の直参に売却したり、引退した直参から買い戻したりした宅地建物取引業法違反容疑で指名手配され、その後出頭し逮捕された。

2012年11月、若頭補佐を退任し六代目山口組舎弟に直った。以後、山口組分裂まで舎弟であった。

2015年08月27日、六代目山口組を絶縁となり、寺岡修と侠友会は山口組を離脱した。

どんな人物なのか
淡路島抗争では武闘派ぶりを発揮したという情報があるが、具体的にどんなことをしたのかは分からなかった。この抗争をきっかけに寺岡は勢力を拡大し、淡路島に勢力を張っていた大嶋組が解散してからは洲本市を本拠に揺るぎない地盤を構築したという。

理論整然と筋を通すタイプのヤクザで他団体からの評判も良いようだ。事始めや納会、盃事の儀式などで司会進行役を務めることが多く、優れた統率力で実務能力に長けているとされている。

六代目山口組で若頭補佐から舎弟に直ったのは以前から体調を崩して定例会を欠席することもあり、責任感の強い寺岡は執行部の重責を担うのは困難と自分で判断した為のようだ。

兄弟分
2007年03月、当時六代目山口組若頭補佐だった寺岡は広島県の三代目侠道会会長・池澤望と五分の兄弟盃を交わしている。

姫路のヤクザである深山宏光という人物と若い頃に兄弟分だったようだが、詳細は分からない。