2017年11月18日土曜日

「野獣」「ボスの中のボス」と恐れられたイタリアの元大物マフィア、サルヴァトーレ・リーナ受刑者(87)が病院で死亡

イタリアの元大物マフィア死亡「ボス中のボス」

2017/11/18(土) 6:57配信



イタリアで「野獣」「ボスの中のボス」と恐れられた元大物マフィア、サルヴァトーレ・リーナ受刑者(87)が16日、がんの治療を受けていたパルマの病院で死亡しました。

リーナ受刑者は1980年代に続いたマフィア間の激しい抗争に勝利、「ボスの中のボス」と呼ばれる存在となりました。

1992年にマフィアを摘発する裁判官を殺害し、その翌年には爆破事件を命じたなどとして逮捕されました。

150以上の殺人を指示し、26の終身刑に問われ、冷酷で残虐な手口から「野獣」とも呼ばれていました。

参照元 : TBSニュース












暴力団に資金流し 梅旧院の社長、山口幸子被告(63)を背任容疑で再逮捕へ

<背任容疑>「梅旧院」社長再逮捕へ 暴力団に資金流す

2017/11/18(土) 7:30配信



ビル型の納骨堂「梅旧院(ばいきゅういん)光明殿」を運営する「光明殿」(大阪市浪速区)から資金を引き出して暴力団に流し、同社に損害を与えたとして、大阪府警が同社社長、山口幸子被告(63)=法人税法違反罪などで起訴=を背任容疑で18日にも再逮捕する方針を固めたことが分かった。資金が流れた指定暴力団山口組直系「吉川組」(大阪市中央区)組長の山口俊平容疑者(68)も同容疑で逮捕した。捜査関係者が明らかにした。

捜査関係者によると、山口容疑者らの逮捕容疑は2014年ごろ、大阪市中央区内に組事務所を購入する資金として、光明殿から現金約3000万円を引き出し、同社に損害を与えた疑いが持たれている。

吉川組は山口組の直系に昇格するにあたり、事務所購入を計画していた。また、山口組総本部(神戸市)に多額の現金を上納したともされる。光明殿から他にも組長側に現金が流れた疑いがあり、府警は今後、少なくとも一部が総本部に上納された可能性もあるとみて調べる。

光明殿を巡っては、法人税など計約2億1000万円を脱税したとして、大阪地検が山口被告や法人としての同社を起訴している。

また、登記簿などによると、納骨堂を所有する大阪市天王寺区の宗教法人が15年以上にわたり、納骨堂の土地や建物などを担保に、光明殿から多額の融資を受けていたことが判明しており、山口被告が「納骨ビジネス」で不正な利益を得ていた可能性が浮上している。

参照元 : 毎日新聞


脱税事件 納骨堂担保に多額融資 逮捕の社長、宗教法人に

2017年11月1日 07時00分

大阪市浪速区でビル型納骨堂「梅旧院(ばいきゅういん)光明殿」を運営する「光明殿」社長、山口幸子(さちこ)容疑者(63)らが逮捕された脱税事件で、納骨堂を所有する宗教法人が納骨堂の土地・建物などを担保に、同社から多額の融資を受けていたことが分かった。大阪地検は、山口容疑者が宗教法人との関係を利用した「納骨ビジネス」で不正な利益を得ていたとみて調べている。

大阪国税局は31日、法人税約1億5000万円を免れたとして山口容疑者と取引先の上月(こうづき)啓右容疑者(76)、法人としての光明殿を法人税法違反容疑で大阪地検に告発した。地検は勾留期限の1日にも起訴する方針。

納骨堂は9階建てで、屋内墓3000基以上を収容。大阪市天王寺区の宗教法人「梅旧院」が自身の名義で設置し、1995年に市の許可を得た。納骨堂の設置は、法律で自治体や宗教法人などに限られている。

関係者によると、当初は石材店が運営する計画だったが、資金のめどが立たず頓挫。法人関係者が山口容疑者と知り合い、2002年ごろから光明殿が墓の販売などを受託している。

登記簿によると、同社から宗教法人への融資は00年ごろから始まり、03年には約5300万円の融資の担保として納骨堂に抵当権を設定した。その後も融資は続き、11年には極度額5億円の根抵当権が登記され、宗教法人が返済できなければ競売にかけられる状態になっている。

市の審査基準では、納骨堂の安定運営のため、土地を担保に入れることを禁止している。市の担当者は取材に「担保に入っているとは知らなかった」と話し、法人側に改善を求める方針。宗教法人は取材に応じていない。

捜査関係者によると、山口容疑者は、上月容疑者の会社に業務委託を装って入金し、一部をキックバックさせていた。脱税した金は貯蓄していたという。

墓地運営に詳しい寺院関係者は「祈りの場所を脱税に悪用するなんて許せない」と話した。【岡村崇、宮嶋梓帆、山崎征克】

参照元 : 毎日新聞






「日本三大ドヤ街」とも言われる横浜・寿地区 路上には高級車とコワモテのヤクザ 堂々と違法賭博店が営業中

横浜・寿町、白昼堂々の違法賭博にヤクザが闊歩する異世界(上)

2017/11/18(土) 6:00配信



東京・山谷、大阪・西成と並んで「日本三大ドヤ街」とも言われる横浜・寿地区。オシャレな港町のほど近くにあるそこでは、白昼堂々と違法賭博場が営業しており、ヤクザと思しき男性たちが闊歩している有様で、緊張を強いられる取材だった。(フリージャーナリスト 秋山謙一郎)

● 路上には高級車とコワモテのヤクザ 白昼の異境、横浜・寿地区

そこに一歩足を踏み入れたその瞬間から、空気が一変する──。

JR東京駅からだと約40分、JR横浜駅からだと約6分、大船方面を目指して電車に乗り、石川町駅を降りた横浜・中華街の近くに、東京の山谷、大阪の西成と並ぶ、“日本3大ドヤ街”の一つ、横浜・寿町がある。周辺の扇町や松影町を含めて「寿地区」とも呼ばれる。

寿地区は、戦前、横浜大空襲により一帯が焼け野原となった。戦後、米軍に接収され、1950年の朝鮮戦争勃発で米軍の軍需輸送が増えたことをきっかけに、日雇い労働者たちが集まってくるようになったと言われている。

寿地区を歩いていると、港町ということもあってか、港湾関係の企業の看板が目立つ。実際、集まってくる労働者たちも港湾作業に従事する人たちが多いという。ここが、建設作業員の集まる山谷や西成との違いだ。

山谷は今、行政が把握している「ホームレス・セブン」と呼ばれる「玉姫公園」(台東区)に寝泊りしている7人のホームレスと、「いろは商店街」を根城としているごく数人の人たちしか野宿者はおらず、年々、人も少なくなってきた(こちらの記事を参照)。

他方、西日本最大のスラム街といわれる西成は、行政による対策もむなしく、町を歩けばホームレスが今なお、たむろしている。まだ日の高い日中から、路上での飲酒、ケンカ、賭博といった行為が平然と行われ、いつでも、どこでも殺伐とした雰囲気が漂っている。だが、不思議なことに、カラッとした殺伐さ、とでも言うべきか、独特の明るさも持った街だ。

ところが、ここ横浜の寿地区では、ホームレスを見かけることはない。見かけるのは高齢者と港湾作業員、バックパッカーの外国人や、ごく一般のビジネスパーソンといった面々ばかりだ。しかし町の雰囲気は暗く重い。そして、ピリピリとした緊張感が辺りを覆っている。

それはそうだろう。路上に目をやれば、ピカピカに磨かれた高級車が数台止まっており、その周囲には仕立てのいい、一目で高級品とわかるスーツに身を包み、手入れの行き届いた短髪に眼光鋭い男たち2、3人が立っている。

“寿地区価格”である100円の缶ジュース自販機前で、地元民と思しき年配男性に聞いた。すると年配男性は怪訝な表情を隠さず、こう言った。

「そりゃあ“プロの人”だろ…。あんまり、そういうこと聞かないほうがいいよ」

地元民何人かの話によると、ここ寿地区では、いわゆる「ノミ行為」を行う違法賭博の店がいくつかあり、その関連で「“プロの人”がやってくるのだろう」ということだった。

● 堂々と違法賭博店が営業中 「撮影すると面倒なことになるよ」

一般に、こうした違法賭博は、喫茶店やスナックといったところでひっそりと行われているものである。しかし、ここ寿地区では白昼堂々とオープンに営業している。記者がその周囲をうかがっていると、店から出てきた70歳代くらいの男性から声をかけられた。

「兄さん、ここで買ったらダメだよ。警察に捕まるよ。それに写真なんて撮ったらダメだ。面倒なことになるよ…」

この男性がいう「面倒なこと」という物言いが、底知れぬ恐ろしさを掻き立てる。だが、なぜ、この男性は「警察に捕まる」ような店に出入りするのだろうか。近くには「ボートピア横浜」(場外舟券売り場)もある。こちらなら合法だ。誰に憚ることなく出入りできる。

「いや、いろいろつき合いもあるんだよ…。それに、こっちのほうが行き慣れてるから」

多くを語ろうとしない男性を引き止めて、さらに話を聞いてみると、男性は長年、港湾荷役作業の日雇い労働者として働いてきたが、現在は生活保護受給中。家族もおらず、寿町で1人暮らしているという。唯一の趣味は、違法賭博店での競馬だ。

「長年働いてきて、趣味らしい趣味も持たず…。もう人生、そんなに長くはないんだ。これくらい、いいじゃない」

男性は記者にこう語ると、足早に歩いていき、歩道から車道に向かって立小便をした後、ラーメン1杯400円だという中華料理店へと入っていった。その中華料理店の近くには、路上で空調の室外機を日よけにして寝ている人がいた。

違法賭博店周辺の路上には、駐車車両と放置車両が何台かある。駐車車両のなかには布団や食料品をどっさり積み込み、そこに人が寝ているものもあった。

記者が、警察からの警告書が張り付けられた放置車両を見ていると、地元民という男性から、「こういうの早く退かしてほしいね」と話しかけてきた。聞けば、半年くらい前からずっとそのままだという。こうした放置車両に立小便する人が多いのだという。

「横浜市内でも、この寿町一帯は、こうした放置車両を退かすにも時間がかかる気がする。ガラの悪い地域だから後回しなのかね。最近は若い人や学生さんも来て、ドヤ街のイメージも変わってきたのにね」

● 1泊2800円で高級ホテル! トイレは共用で風呂はなし

事実、寿地区のイメージは変わりつつある。今、“ドヤ”と呼ばれる簡易宿泊所はホテルへの鞍替えが進んでいる。個室でプライバシーも保たれ、Wi-Fiなどネット環境も整っている。女性の宿泊もOK。1泊1800~2200円というリーズナブルな価格から、若いバックパッカーや就活生の間でも人気だ。

ただし、1泊2000円以下の低価格帯のところは、フリー客が1週間程度の短期間での宿泊したいと言っても予約が取りづらいという。港湾作業員を中心に長期間の予約が入っているからである。

実際、記者も前日に宿泊予約を入れたが、低価格帯のドヤはすべて「短期の宿泊」「空き室がない」との理由で断られた。結局、1泊2800円(朝食付きで3000円)という、この地域では「高級ホテル」の扱いである、ホテル化が進んだ簡易宿泊所に宿泊せざるを得なかった。

チェックインは15時からだったが、「掃除が終わっていれば昼からでもチェックイン可能」という。実際、13時にチェックインすることができた。

入ってみると、やはり簡易宿泊所。ホテルというには、だいぶ無理がある。その雰囲気は、昭和のアパートといったたたずまいで、部屋の広さはせいぜい3畳間程度だ。しかし、天井が高いので広く感じるし、チリひとつなく掃除されており清潔感はある。十分、長期滞在にも耐えられそうだ。

トイレは共用。風呂はない。だが、代わりにコインシャワーがある。ただし、石鹸やシャンプー、タオルといったアメニティの類いは、すべて自前でそろえなければならない。

もっとも、時間制のコインシャワーだけでは疲れが取れないと思った記者は、10分程度歩いて中華街まで出向き銭湯を利用した。

寿地区には、かつては寿町総合労働福祉会館の2階に「扇湯」という名前の銭湯があったという。しかし、現在は閉鎖されていることから、風呂に浸かるには寿地区の外に出るよりほかはない。

それが面倒なら風呂は諦め、町の至るところにあるコインシャワーを利用するしかないようだ。その額、5分間100円前後というのが現在の相場である。

参照元 : ダイアモンドオンライン


横浜・寿町、白昼堂々の違法賭博にヤクザが闊歩する異世界(下)

2017.11.18

深夜のドヤに「ただ立っている人」不気味な雰囲気に戸惑う

夜22時以降から朝まで、寿地区の簡易宿泊所街は、人の声がほとんど聞こえることなく、不気味なほどの静寂さが保たれていた。簡易宿泊所内には至るところに防犯カメラが設置されており、その壁には「防犯カメラ作動中」という張り紙がしてある。



さらに不気味だったのは、深夜3時でも室外の階段には、ただ立っている人がいることだ。記者が泊まった簡易宿泊所だけではない。他の簡易宿泊所でも同じように、目立つところで人が立っているのだ。こうした人たちは、夜間だけではなく、昼間もそこにいる。

これは防犯上の観点からなのだろうか。怖くて声を掛けるのははばかられたが、どう見ても何かを見張っているような、そんな雰囲気だった。住人たちに、こうした人物について聞いてみたが、迷惑そうな表情を浮かべるのみで、多くを語りたがらない。

これについて、大阪市西成区役所での勤務経験が長い生活保護受給行政のエキスパートは、「あくまでも西成の例に基づいた憶測だが」と前置きし、次のように語った。

「恐らく、違法賭博のツケをためた住人が街から逃げないように見張っているのだろう。見張り役は、“誰かの紹介”で生活保護受給の手続きをしてもらい、寿地区に住みついた元貧困層の住民ではないか…」

深夜、スマホを片手に、ただ立っているだけの人の見た目はごく普通、その年齢は30代、40代、50代とまばらで、なかには30代と思しき女性も混じっていた。

三大ドヤ街のなかでも寿町は、山谷と西成とは違って実態がほとんど聞こえてくることはない。労働者の街に似つかわしくない高級車と、明らかに暴力団関係者と思われる怖い風情の男たち、そしてドヤ周辺に昼夜を問わず、まるで見張るかのように立っている人たち──。これでは、山谷や西成のように、ホームレスや労働者たちが自由に生活を送ることなど、できるはずもない。実際に来てみて、なぜ寿町の実態がほとんど聞こえてこないのかが、少し分かった気がした。

警察が簡単に違法賭博を取り締まれない理由



そんな不気味な街・寿町にも交番はある。簡易宿泊所内で何か事件があったのかパトロールにやってきた警察官に、なぜ違法賭博がこんなに堂々と行われているかを聞くと、困惑した表情を浮かべながらも、紋切り型の言葉を返してきた。

「違法な行為があれば、取り締まりますが…」

元警察官複数の話を総合すると、交番勤務の警察官は、あくまでも地域住民への対応がその職務であり、違法賭博を取り締まることは職務の範疇外であるという。

元警察官の1人が語る。

「ノミ行為にみられる違法賭博は、所轄署や本部(東京では警視庁)の担当部署が取り締まりに当たっていますが、逮捕するにはその要件を満たしており、起訴できるだけの裏付け捜査や証拠が必要です。交番勤務の警察官といえども、住民からの通報だけでの取り締まりが難しいのは、こうした事情からなのです」

この元警察官によると、その地域に、違法賭博店が一つではなく、複数存在する場合は、一つの店舗だけを狙い撃ちにはできず、地域全体を一斉に取り締まらなければならないという。これは「公平の原則」に基づくものだ。

そうなると違法賭博店の存在が多ければ多いほど、取り締まりは困難なものになる。

「もちろん、警察がひとたび動けば、一網打尽にしますよ」

元警察官は自信たっぷりにこう言うが、横浜の寿町の違法賭博店は、長らく、大勢の住民の知るところである。本当に彼が言うように「一網打尽」の時がくるのか。地域住民ならずとも不安になる。

深夜の西成地区で取材をした経験もあるし、多少のことでは驚かない自信はあったが、寿町のどこか不気味な雰囲気には、少なからず面食らった。オシャレな港町・横浜には、こんな側面も残されているのだ。

参照元 : ダイアモンドオンライン


2017年11月17日金曜日

【福岡・中州】みかじめ料名目で現金を受け取ったとして指定暴力団「福博会」の幹部に勧告

中洲風俗案内の会社から“みかじめ料” 福博会幹部に勧告 10年で約2900万円渡ったか 福岡県

2017/11/17(金) 12:00配信



指定暴力団・福博会の幹部がみかじめ料名目で現金を受け取ったとして、県の公安委員会から暴力団排除条例に基づく勧告を受けました。

勧告を受けたのは、福博会の74歳の男性幹部です。 警察によりますと、男性幹部は今年1月から5月にかけて、福岡市の中洲地区で風俗案内所やスナックなどを経営する会社から、みかじめ料の名目であわせて90万円を受け取りました。

博多署が進めている「博多マル暴ゼロ作戦」の情報収集で、今年8月、みかじめ料のやり取りを把握したということです。

男性幹部には、2007年以降あわせておよそ2千900万円が渡ったとみられ、「組織の活動資金や遊びに使った」と話しているということです。

現金を渡した会社も勧告を受け、警察は資金源の遮断を進めています。

参照元 : TNCテレビ西日本











福博会



福博会(ふくはくかい)は、福岡県福岡市に本拠を置く日本の指定暴力団。

代表者は、長岡寅夫(金寅純)。構成員は2016年末の時点で約150人。前身は『福博睦会』。

梅津会会長・梅津高則や四代目山口組 伊豆組組長・伊豆健児の提言により、地元団体(梅津会、羽衣会、太田会、強友会、太住会、平野組、中丸会、永尾一家)の親睦組織・福博睦会として発足。

後に、二代目梅津会会長・梅津 明を会長として盃直しを行い「福博会」として統合。 福博睦会時代には伊豆を顧問に迎え、福博会会長となった梅津は五代目山口組組長・渡辺芳則から代紋違いの舎弟盃を受け、渡辺が歴代会長の後見人を務めており、山口組の親戚団体でもある。

梅津の死後、2代目会長選出に際して内部で意見がまとまらず、梅津会、太田会、強友会が一時脱退したこともある。2代目会長・和田将志郎が日航ホテルで福博会構成員に銃撃される事件も起きている。 2000年2月、福岡県公安委員会から指定暴力団に指定された。

略歴 昭和60年(1985年)、四代目山口組(組長代行は中西一男)伊豆組・伊豆健児組長の提案で、福岡県福岡市博多区の暴力団である梅津会、羽衣会、太田会、強友会、太住会、平野組、中丸会、永尾一家、伊豆組が暴力団親睦団体『福博睦会』を結成した。

平成2年(1990年)7月9日午後8時ごろ、熊本県本渡市下浦町で、熊本二十日会加盟の虎門会系森原組組員が、福博睦会太住会組員に射殺された。熊本二十日会が虎門会を抑え、福博睦会が太住会を抑えて、本格的抗争を回避させた。

同年7月、もしくは同年8月、福博睦会に参加していた伊豆組以外の暴力団(梅津会、羽衣会、太田会、強友会、太住会、平野組、中丸会、永尾一家)は、代紋を統一し、連合組織『福博連合』を結成した。

同年7月22日午後1時ごろ、福博連合組員約30人が、新幹線で新神戸駅に到着した。その後、福博連合組員約30人は、兵庫県神戸市灘区の山口組本部を訪問した。五代目山口組・渡辺芳則組長ら山口組最高幹部が、福博連合組員約30人を出迎えた。

平成4年(1992年)、福博連合は、二代目梅津会・梅津明会長を当代として、『福博会』へと再編された。

平成5年(1993年)6月、梅津明は、五代目山口組・渡辺芳則組長から盃をもらい、渡辺芳則の舎弟となった。

平成9年(1997年)9月、梅津明が病気で死亡した。

平成10年(1998年)4月、和田将志郎が、二代目福博会を継承した。後見人は、渡辺芳則。

平成12年(2000年)2月10日、福岡県公安委員会が指定暴力団に指定。

平成18年(2006年)4月18日、指定暴力団となった6年後に、福博会会長代行・長岡寅夫が三代目福博会を継承した。後見人は、六代目山口組・司忍。

歴代会長
初代:梅津明
二代目:和田将志郎(本名『和田万亀男』)
三代目:金寅純(長岡寅夫 羽衣会二代目会長)

最高幹部
総裁 - 和田将志郎
会長 - 長岡寅夫
理事長 - 武井三郎(四代目梅津会会長)
総本部長 - 白石勢義(三代目平野組組長)
幹事長 - 杉山忠則(三代目強友会会長)
組織委員長 - 田村英治(三代目太住会会長)
風紀委員長 - 竹中幸治(三代目永尾一家総長)
懲罰委員長 - 光田 孝(四代目三宅一家総長)
事務局長 - 金城國泰(四代目双葉会会長)
慶弔委員長 - 大河内 孝(四代目羽衣会会長)

梅津会
梅津会は、指定暴力団・三代目福博会の2次団体。福岡市博多区に本拠を置く日本の暴力団。

歴代会長
二代目:梅津明(福博会初代会長)

平野組
平野組は、指定暴力団・三代目福博会の2次団体。福岡市早良区に本拠を置く日本の暴力団。2009年に活動が活発化、要注意。

太田会
太田会は、指定暴力団・三代目福博会の2次団体。福岡市博多区に本拠を置く日本の暴力団。

参照元 : wiki/福博会

知人女性を殴ったとして暴力団幹部ら2人逮捕 指定暴力団・六代目山口組清水一家の事務所を家宅捜索

暴力団事務所に家宅捜索 女性への暴力事件で 清水区

2017/11/16(木) 19:00配信



2017年2月、静岡市で知人の女性を殴ったとして暴力団の幹部の男が逮捕された事件で警察は、男の所属する暴力団事務所を家宅捜索しました。

警察が家宅捜索に入ったのは静岡市清水区庵原町にある指定暴力団・六代目山口組清水一家の事務所です。

清水一家をめぐっては2017年2月中旬、静岡市内の飲食店で知人の30代の女性に交際相手と別れるよう脅迫し頭を殴ったとして、暴力行為等処罰法違反の疑いで幹部の男ら2人が先日、逮捕されました。

警察は、二人が容疑を認めているか明らかにしていません。11月16日の家宅捜索は約20人態勢で実施されていて警察は今後、事件の背景などを詳しく調べる方針です。

参照元 : 静岡放送










2017年11月16日木曜日

【埼玉】バイクで暴走行為を繰り返した埼玉市の17~18歳の少年11人を逮捕「特攻服を作ったのでお披露目で走った」

暴走族の少年11人逮捕 バイクで蛇行、信号無視…暴走行為の疑い「特攻服を作ったのでお披露目に」/蕨署

2017/11/15(水) 21:42配信

バイクで暴走行為を繰り返したとして、埼玉県警交通捜査課と蕨署は15日までに、道交法違反(共同危険行為)などの疑いで、東京都板橋区の建設作業員少年(18)、さいたま市南区の高校3年の少年(18)ら17~18歳の少年11人を逮捕、送検した。

逮捕、送検容疑は4月29日午後10時50分ごろ、戸田市新曽の市道で、バイク9台に分乗し、広がったり、蛇行したり、信号無視するなどの暴走行為をした疑い。高校3年の少年は容疑を否認し、他の少年らは「特攻服を作ったのでお披露目で走った」などと認めているという。

同課によると、少年らは同じ暴走族グループで、当日は14人で走行した。高校3年の少年が総長、建設作業員少年が副総長だった。付近の約6キロを15分にわたって暴走し、一部をスマートフォンで撮影していた。県警は7月11日に恐喝や傷害などの疑いで、少年5人を逮捕し、捜査で暴走行為が分かった。

参照元 : 埼玉新聞

「福岡県公安委員会」が、特定危険指定暴力団「工藤会」系組事務所など3カ所の使用制限命令の延長

工藤会系事務所の使用制限命令を延長 福岡県公安委員会

2017/11/15(水) 18:07配信

福岡県公安委員会は15日、暴力団対策法に基づき、特定危険指定暴力団工藤会系組事務所など3カ所の使用制限命令の延長を決めた。

中枢組織の田中組本部事務所(北九州市小倉北区)など。期限は来年2月中旬までの3カ月間。

参照元 : 西日本新聞

工藤會



工藤會(工藤会、くどうかい)は、日本の暴力団。指定暴力団。2012年より改正暴対法に基づく「特定危険指定暴力団」。福岡県の北九州市に本部を置き、2016年末時点の構成員は約420名。主たる活動地域(2014年時点)は福岡県、大分県、山口県、および長崎県の4県、ならびに首都圏。

北九州地区最大かつ九州地方最大規模[9]の暴力団組織で、北部九州地方に根差した他の数多の暴力団組織と同様、極めて好戦的な傾向を有することが指摘されており、強烈な反警察志向、容易に激昂する、手段としての闘争ではなく闘争行動それ自体に価値を見出す、などの傾向を有することで知られる“九州ヤクザ”の好例であるとの評がある。

暴力団追放運動の関係者宅や一般企業に銃撃を加え、平然と手榴弾を投げ込むなど、いわゆる「カタギ」の市民をも攻撃対象とすることが特に知られており、関係事案の公判において、工藤会への恐怖から証言者5名のうち4名が証言を拒否するなどの異常事態が確認されている。

福岡県庁はこうしたことから「極めて凶悪な組織」と形容(2010年)。警察庁も「極めて悪質な団体」と形容(2011年)。アメリカ合衆国財務省は「“世界最大の犯罪組織”にあたる“ヤクザ”の中でも最も凶暴な団体」と指摘する(2014年)。

「今、最も先鋭的な武闘派組織として知られる団体」(2012年・伊藤博敏)。反山口組の旗手としても知られ、九州地方の独立組織でつくる「四社会」という親睦団体を道仁会、太州会、および熊本会とともに結成している。

来歴



前身は戦前の小倉に結成された「工藤組」という博徒組織で、その初代が工藤玄治であった。

1950年、若松市の暴力団・梶原組の組員が、工藤組草野組・草野高明組長の弟を刺殺。梶原組と草野組は和解することなく対立を続けた。1963年には三代目山口組若頭の地道行雄が北九州市内の安藤組と長畠組、そして梶原組を傘下に収める。

その後梶原国弘は北九州市での力道山のプロレス興行の実施を地道を通して三代目山口組田岡組長に依頼し、これを田岡が即座に了承。ところがこれを知った草野高明が、梶原への対抗から、市内での北原謙二の公演の開催を決定。これを直接のきっかけとして、工藤組組員らが山口組系組員らを河原で虐殺する、いわゆる紫川事件が発生した。

紫川事件から服役するに至った草野高明が出所後に工藤組を離脱したうえで「草野一家」を結成。そこから抗争状態に突入した工藤会と草野一家は、双方の幹部に死者を出しながら福岡県下全域で激しい銃撃戦を展開した。特に傘下田中組の組長が草野一家「極政会」によって殺害された1980年を境に抗争は激化の一途を辿った。

そうして激しい抗争を続けたものの、1987年をもってついに草野一家と合併。それまでの“工藤会”から“工藤連合草野一家”へ名を変え、草野一家の総長であった草野高明が当代の総長に就任、やがて若頭であった溝下秀男が1990年に三代目を襲名。1992年(平成4年)に暴力団対策法に基づく指定暴力団となった。

1999年をもって“工藤會”と名を変え、翌2000年に野村悟が四代目を継承。やがて最大傘下組織・田中組の組長であった田上文雄が2011年に五代目を襲名、前会長の野村は総裁に退いた。

情勢
本部の所在地は福岡県北九州市小倉北区神岳1-1-12。小倉競輪場ほど近くの商住地域に位置している。その主な資金獲得活動には、みかじめ料の要求、違法薬物の密売、公共工事などへの不当介入、さらには一般の商取引および経済取引部門への介入、などが含まれるものと見られている。

勢力範囲については、2014年時点で公式には福岡県、長崎県、および山口県の3県とされていたものの、同年、首都圏にあたる千葉県内の事務所が新たに特定されている。さらに東京都内の事務所の存在も表面化した。福岡県警の報告によると、準構成員を含めた人員総数は2011年暮れの時点で1,020名。2015年暮れの時点で810名。

米国財務省の報告によれば、2014年なかばの時点でおよそ950名。2009年2月の実話誌『実話時代』での報告によれば、2008年12月実施の2009年度「事始めの儀」の時点で、全構成員中、320名余りが刑務所に収容中であった。

福岡県警の報告によれば、2015年時点で、組員のおよそ4割にあたる200人ほどが拘留または服役中の状態にある。また、宮崎学によれば警察の工藤會壊滅作戦により、活動範囲が狭まり、末端の組員は生活基盤が崩壊、「難民」化し、自殺を選ぶ者もでているという。

他団体関係
道仁会、太州会、熊本會とは「四社会」を通して“攻守同盟”とも言われる盟友関係にある。住吉会とは親戚団体の関係にある。山口組関係者の言によると、司六代目体制に入った山口組が組織ぐるみの縁を築いていない組織は、道仁会と住吉会、そして工藤会のみである。

かつては山口県の合田一家や兵庫県の忠成会、広島県の共政会、岡山県の浅野組などとともに、反山口組を掲げる親睦団体「関西二十日会」を結成していた。2001年の警察白書は、その前年に発生した暴力団抗争事件の目立った事例として、工藤会の山口組との抗争事件を採り上げ、福岡県と山口県を舞台に頻発したその抗争事件の過程で起きた、工藤会による山口組傘下組織組長の射殺を報告している。

2008年に三代目会長の溝下秀男が死去した折には、斯界すなわち暴力団界の代紋頭や最高幹部などの大物陣が日本全国各地から葬儀に参列、いわゆる指定暴力団組織に着目すれば、全22団体中、九州誠道会のみを除いた全団体の頭目ないしはその名代が駆けつけた。

2011年に執り行われた「五代目工藤會」発足の儀の折には、道仁会、太州会、および熊本會という「四社会」の加盟各団体の首領らに加え、住吉会の首領にあたる福田晴瞭、計4名が“特別見届け人”として列席している。

暴追関係
暴力団対策法実施後の1994年、当局から受けていた再発防止命令を無視してみかじめ料の要求を行ったとして傘下組織の組員が検挙された。これは全国初の同法違反に基づく検挙例であった。2006年には福岡県警の製作による反暴力団関係のビデオ(『許されざる者』)に関し、これの学校での上映を検討していた市教委に対して上映の中止を要望する旨の申し入れを行ったことが注目を集めた。

最高顧問の林武男名義で送付されたその請願書は、当該ビデオの上映を人権侵害に当たる行為であるとし、それによって起こりうる組員の子息らへのいじめの誘発への懸念の旨などを記していた。これに対して市教委は返答が可能な段階には未だ至っていないとし、県警側は指摘されたような内容のものにはあたらないとの反論を示した。

北九州市小倉南区に新たな事務所を設立した2010年には、その立地が小学生児童らの通学路に隣していたことが問題となった。これを受けて北九州市は近辺への監視カメラの配置を決定。それからほどなくして福岡県では暴力団排除条例が実施の運びに至り、警察庁長官の安藤隆春が現地を視察。工藤会を壊滅に追い込むよう捜査員らに訓示している。

のち福岡県警察元警部が、市内で銃撃を受けるという事件が発生した2012年には、この事件への工藤会の関与の疑いを背景としての、東京・警視庁からの市内への機動隊員(150名)の派遣が決定。さらに「工藤会対策」の一環としての捜査員の長期派遣が決定[41]。人員は銃器や薬物の捜査を担う専従捜査員10名で、他道府県への専従捜査員の派遣は同庁にとって異例のことであった。

改正暴力団対策法に基づく「特定危険指定暴力団」への指定(2012年)を経て、2014年にはアメリカ合衆国財務省の金融制裁対象となる。日本の暴力団において、山口組、住吉会、および稲川会に続く4例目の指定であった。9月には漁協の元組合長射殺事件(1998年)に関与した疑いで野村悟総裁と田上文雄会長が逮捕されている。10月には野村悟と田上文雄が組織的殺人未遂の容疑で再逮捕され、同時に理事長の菊地敬吾が同容疑にて逮捕、拘束を受け、これにて組織のトップ3が不在の状態となるに至った。さらに2015年にはこれら3名の逮捕後実質トップを担っていた理事長代行の木村博も逮捕されるに至っている。

防犯標榜活動
工藤会はいわゆる中国人犯罪の排除を提唱し、1990年代の後半頃からというもの、組員数十人を動員したうえで北九州市内の繁華街における中国人経営の風俗店や酒場の存在を調査させ、発見しだいそれらを街から追放するという活動を行ってきた。市内小倉の繁華街にあっては、中国人経営のスナックが放火されるなどの事件が相次ぎ、中国人の経営によるその種の店舗が街から姿を消した状態となっている。警察当局の「工藤會対策」が激化する2006年頃までは、夜間の繁華街において、複数の組員を動員してのいわゆる「夜回り」を行っていた。警察当局はこれを示威(等)を目的とする行動と見ていた。

重武装化
かねてより重武装化の兆候が確認されており、2010年代に入って以降も、組織の関与が疑われる武器類の摘発が相次いできた。

2011年には、組織の武器庫の一つであったものと見られる福岡市内のマンションの一室で、アメリカ合衆国製の回転式拳銃やサイレンサー付きの半自動拳銃、イスラエル国防軍製ウージー短機関銃やM4カービン自動小銃などの殺傷能力の高い銃火器群が大量に押収された。これついては、件の容疑者が裁判において、密売目的の所持であったと証言しており、工藤會の組織的関与が認められるには至っていない。

さらにその翌2012年には、組織の関係人物の管理下にあった北九州市内の倉庫にて、多数の自動式拳銃などとともに装弾済みのロケットランチャーが押収されるなどしている。のちの鑑定によれば、この品はロシア連邦軍製の対戦車兵器用ロケットランチャー「RPG-26」で、その摘発の舞台となった倉庫も同様に、組織の武器庫であったものと目された。

市民対象暴力
工藤会はいわゆる「カタギ」の一般市民をも容易に攻撃対象に加えるという点で特に知られてきた。著名な事例としては、歴史的なものでは、中華人民共和国在福岡総領事館を散弾銃で攻撃(1988年)、福岡県警元暴力団担当警部宅にガソリンを撒布し放火(1988年)、パチンコ店や区役所出張所などを17件前後にわたって連続的に銃撃(1994年)、などが挙げられ、2000年代以降のものでは、暴力団事務所撤去の運動に取り組んでいた商店に車両で突撃、暴力追放を公約に掲げて当選した中間市長の後援市議を襲撃、警察官舎敷地内の乗用車に爆弾を設置、九州電力の会長宅に爆発物を投擲、西部ガスの関連会社と同社役員の親族宅を銃撃、暴力団追放運動主導者の経営するクラブに手榴弾を投擲、次期総理大臣であった安倍晋三の下関市の自宅と後援会事務所に火炎瓶を投擲、トヨタ自動車の九州小倉工場に爆発物を投擲、工藤会追放運動を推進していた自治連役員宅を銃撃、みかじめ料の要求を断ったパチンコ店を火炎瓶や放火などをもって執拗に攻撃、元工藤会担当県警警部を路上で銃撃、などが幅広い報道の対象となった。

なかでも「手榴弾を用いたクラブ襲撃事件」は、福岡県警が大規模な取り締まり強化態勢を布いていたさなかの出来事であり、この件を受けて県警幹部は、これを「市民に対する“テロ行為”」と断言、「工藤会は越えてはならない一線を越えた」との声明を発した。西部ガスの件を全国ニュースとして報道したNHKは、工藤会関係者を名乗る男からの脅迫電話を受け取っている。

看護師刺傷事件
2013年1月、野村総裁は自身が受けた局部の増大手術や脱毛手術の術後の状態に不満を持ち、その報復として元幹部の男に指示し手術を担当した女性看護師を刺傷させた。女性は頭を3か所切られるなど重傷を負った。2017年2月に初公判が開かれた。

五代目工藤會
出典:『実話時代 2011年9月号』
総裁 野村悟
会長 田上文雄
最高顧問 林武男

執行部
会長代行 本田組組長・本田三秀
理事長 五代目田中組組長・菊池啓吾
総本部長 石田組組長・石田正雄
幹事長 二代目津川組組長・木村博 (殺人罪,2017.07.10福岡高裁判決無期懲役)

組織委員長
風紀委員長 長谷川組組長・長谷川泰三

懲罰委員長
渉外委員長 篭縞組組長・篭縞武志
総務委員長 山中組組長・山中政吉
事務局長 田中(十)組組長・田中十四春
理事長補佐 瓜田組組長・瓜田大
理事長補佐 木原組組長・木原浩
理事長補佐 緒方哲組組長・緒方哲徳
顧問 添島組組長・添島弘之

常任相談役
中島組組長・中島直人
玉井組組長・玉井金芳
緒方組組長・緒方紀年
三代目土谷組・奥平政義
松本組組長・松本光将
林(政)組組長・林政美
二代目矢坂組組長・山本和義
総裁秘書 木政組組長・木村政勝

総裁付
白石組組長・白石孝
大原組組長・大原康昭
丸本組組長・丸本哲雄
二代目木下組組長・船田茂樹
久保組組長・久保恵 
事務室長・上高組組長・上髙謙一

直若
三代目極政組組長・今田雄二
山本組組長・山本峰貢
山下組組長・山下義徳
五代目林組組長・林孝章
反田組組長・反田信政
伊崎組組長・伊崎年春
吉原組組長・吉原聖吉
井塚組組長・井塚則夫
池田組組長・池田一男
高野組組長・高野基司 (非現住建造物等放火未遂罪,2007.3.9福岡地裁小倉支部判決懲役20年)
中村組組長・中村数年 (殺人罪,2006.5.12福岡地裁小倉支部判決無期懲役)
二代目村上組組長・森隆志
三明組組長・三明和夫
四代目田口組組長・大原弘
武本組組長・武本友裕
新屋組組長・新屋実
川谷組組長・川谷隆雄
福山組組長・福山幸一
古本組組長・古本健二
大場組組長・大場雅己
小川組組長・小川幸司
青柳組組長・青柳正暁
下川組組長・下川直也
小松組組長・小松明弘
影浦組組長・影浦壱治
馬場組組長・馬場資房
玉田組組長・玉田圭司

参照元 : wiki/工藤會